037 カンチェンジュンガへ(2011年春)

2011.5.4 ミルギン・ラ往復

今回の旅での最後の最後の登りである。岩がごろごろと歩き辛い。1時間も歩くと後方にジャヌ-の頂が見えてきた。
このあたりから時々雪の中を歩くようになる。少し緩んだ状態でツボ足で充分歩くことができる。
最後は完全に雪に覆われた斜面を登り切って小さなピ-クに立つ。ミルギン・ラはもう少し先のようであるが、ここの方がロケ-ションがいい様である。
ジャヌ-の周りには雲がまとわりついているが全容を見ることができる。青空でないのが残念であるが、充分に満足のいくものである。ここからは残念ながらカンチェンを望むことはできない。が、360度の展望を堪能。
下山を始める頃にはジャヌ-は雲で隠れ始めていた。

036 カンチェンジュンガへ(2011年春)

2011.5.3 グンサ~シェレレ 

昨日の雨がうそのようないい天気の朝になった。
いったん下りモ-ドになった体を再び上りモ-ドに。しかも900mもの標高を一気に上がらなくてはならない。
高度順応は大丈夫とはいっても、気持ちの上でも厳しいものがある。かなり気を引き締めてかからないと。
いったん村はずれまで下って、小さな発電所の横を通って登りが始まる。発電所の送水管沿いに登り、いったん平坦な場所に出る。送水管の取水口があり、そこから上は立派な水路ができている。少し歩いて小さな橋を渡り、かなり広い草地に出る。ここを横切って森の中へ。ここから急坂の始まりである。最初はシャクナゲの花の中を歩いていたが、急坂にあえぎ始めると気持は一気に萎えてくる。最初は汗が流れていたが、森の中のひんやりとした空気で寒くなってきた。
急坂を登りきり尾根の上に出る。尾根の反対側はすでにガスが流れていて何も見えない。が、これが良かったのか先が見えない状態で歩くので上りがあまり苦にならない。下る時に見るとかなりの勾配で道は続いていた。
昼食は道が平坦になったところで食べる。今日もおにぎり弁当、おいしくいただく。この頃になると体調もほとんど回復してきていた。
さてさて、このあたりから道は平坦になるとサ-ダ-が言うのだが、一向に上りが続いている。いい加減に疲れてきた頃カルカの屋根が見えてきた。大きな岩の歩き辛い道であるが、最後の大きな岩を乗り越えるとカルカの前に出た。小さな流れがあり絶好のテントサイトである。水があると不思議と落ち着いてくる。
この日も午後からは小雪がぱらついて夕刻まで続いていた。

035 カンチェンジュンガへ(2011年春)

2011.5.2 グンサ滞在

今日は完全に休養日である。朝こそ青空が出ていたが、早くから天気が悪くなり珍しく雨が降り始めた。
全く持ってやることがないので、テントの中でごろごろの一日となった。

034 カンチェンジュンガへ(2011年春)

2011.5.11 カンバチェンからグンサ

登りで見れなかったジャヌ-が見れるのが楽しみである。早くからテントを出る。
シルエットで見えていた山々が明るくなるにしたがって、だんだんと山肌の起伏がはっきりと見えてくる。ジャヌ-がよりよく見える場所で三脚を構えて朝焼けを待つ。が、しかし、である。ガスで何も見えなくなってしまった。がっかり。こうなれば朝の寒さがこたえてくる。仕方なくいったんテントに引き上げる。
テントのまわりではヤクが草を食べている、そういえば夜中も首に下がっているカ-ベルの音がカランカランと鳴っていた。テントの中でしばらく休む。

少し明るくなった頃再びテントを出る。今度は大丈夫、ガスは晴れ上がっている。 朝一番の赤焼けはないものの、すっかり明るくなった山々は白く輝いていた。
カルカの家族はもう一晩泊まってから下山とのこと、ここでお別れである。6日間もお世話になった家族である。
出発してすぐにジャヌ-が大きく見える場所にさしかかる。北壁の全容を氷河越に見ることができる。
これから先はガレ場の悪路。一気に下っているが気が抜けない場所である。ガレ場が終わる辺りでジャヌ-がやっと手前の山で見えなくなった。この間ずっとジャヌ-を見ながら歩くことができた。
道は森の中へ、そして橋を渡り対岸へ。橋の手前でヤクの群れに出会う。子供のヤクもいて親子で一緒にいる姿はほほえましい。
橋を渡ってからは河原を歩いたり森の中を歩いたりと、小さなアップダウンを繰り返しながら下っていく。
登るときは蕾だったシャクナゲが花開いている。大木でないので迫力には欠けるがやはり綺麗な花である、ついついファインダ-をのぞいてしまう。
グンサの村が見えてきた、今日はたっぷりお昼まで時間がかかってしまった。下りとはいえ、疲れてしまった。

 

033 カンチェンジュンガへ(2011年春)

2011.4.30 ロナ-ク~カンバチェン

登りの時に見ることができなかったロケ-ッションが楽しみで、早くに出発したいのだが、すべてにおいてゆったりした時間が流れている。仕方ないことか。
出発してすぐに橋を渡るが、このあたりの雪の量が登るときに比べてぐっと少なくなっている。確実に暖かくなっているようである。ラムタンあたりまで下ってくると、カンチェン主峰からヤルンカン、カンバチェンが見えるところがある。しばし撮影を。ここでカルカの夫婦に追い越されてしまう。
途中からは岩がごろごろと歩き辛い。滝の下の氷もぐーんと少なくなっている。このあたりだったか、ふいに一人のトレッカ-とすれ違う。後日グンサで一緒になるが、人と出会うのは珍しい。この旅で出会った人はグンサで数人、カンバチェンで数人のパ-ティと全部で20人ぐらいと、本当に静かな旅となった。
今日もいい加減に歩き疲れたころカンバチェンのカルカが見えてきた。

032 カンチェンジュンガへ(2011年春)

2011.4.29 パンペマ~ロナ-ク

明け方に星の撮影を試みる。が、どうやら薄雲があるようで星が思うように見えない。その上、主峰の後方に稲光が・・・どうやら雨が降っているようである。
朝焼けを期待して、早くにテントを出る。一瞬ではあるが山が赤くなる。が、主峰の一部が赤くなるだけで少し拍子抜けである。その上早くに雲が下の方から這い上がってきて、なにも見えなくなった。仕方なくテントに引き返す。
テントの中で横になっているとついついうとうとしてしまう。早くからばたばたしていたので仕方ないか。それにしてもいつもは高度障害で夜が息苦しかったが、今回はそれがない。高度順応が上手くいったようである。
「山が見えてきたよ」の声にあわてて外に出る。丁度雲が晴れ上がるときであった。朝の輝きはすでになくなっていたが、カンチェンの全容を見渡すことができて、しばしの撮影タイムを楽しむ。
朝食はカルカの中で。これが暖かいように思えるが結構寒いのである。この頃になると体調が少し回復したのか食欲が戻ってきた。
今日からはグンサに向かって下るのみ。気分的にぐっと楽になる。が、体力的なしんどさは登りと同じである。
出発までの時間、カンチェンの撮影を続ける。もう二度と自分の目で見ることはできない山である。一瞬たりとも光りの変化を逃すことなく撮りまくる。

下りは左側に大岸壁を見ながら歩くことになる。真横を見、はたまたふり返りながら、首が痛くなるほど山々を見続ける。時間はそんなにかからないが、やはり疲れてしまう。いい加減に歩き疲れたころロナ-クのカルカが見えてきた。

031 カンチェンジュンガへ(2011年春)

2011.4.28 ロナ-ク~パンペマ

昨日同様にいい天気の朝である。体調は・・・変化なし。あまり回復していない。
右手に大岸壁の山を見ながら、氷河沿いのゆったりとした道をゆっくりゆっくりと登っていく。
正面に見えていたネパ-ルピ-クはだんだん大きくなってくる。ウェッジ・ピ-クは真横に見ながらの大迫力。懸垂氷河にヒマラヤだと、目線とほぼ同じ高さに見える様はなんとも不思議な感覚である。
登るにつれてネパ-ルピ-クの右手にクロスピ-クとツィンズは現れてくる。
今日もお昼が近づくと、雲が湧いてきて山は見え隠れし始める。そしてランチタイム。今日はおにぎりのお弁当である。風を避けて岩陰で食べるが、これがことのほかおいしい。
お昼を食べて1時間でパンペマに着く。2ー3軒のカルカがひっそりと建っている。先に着いたギャルゼンがカンチェンが見えていたよと言っているが、残念ながら今は雲の中。しかたなくテントの中に入る。
夕刻になると、一瞬ではあるがカンチェン主峰が姿を現した。うーん、やはり感動である。
以前からカンチェンへの感心は強くあったが、実際に足を向けることになるとは夢にまで思わなかった。
静かでいいところですよとは聞いていたが、まさにその通りである。夢はあきらめなければ必ず叶う、と簡単に言うが、どうなのだろうか。夢を見続ける精神的強さ、そしてそれに伴うあらゆる努力・・・果たして私は何を頑張ってきたのだろう。

030 カンチェンジュンガへ(2011年春)

2011.4.27 ロナ-ク滞在

今日は濃紺の青空の朝である。
テントの外はうっすらと雪化粧になっている。5cmくらいの積雪ではあるが綺麗である。風はないが寒い。
山名が特定できないが北の方角にある山が最初に赤くなってくる。そして西方に聳えるシャルプ-の山々、こちらも山名を特定できないが、氷河がとても綺麗である。対岸に聳えるメラピ-ク、ウェッジ・ピ-クは間近で見るので大迫力である。東の方に目を向けると、ネパ-ルピ-クがカンチェン氷河の奥に鎮座している。一回り撮影が終わると、最初に見た山の光線状態は一変している。またまた一回り、そしてさらに一回り。

「おはようございます」の声にふり返ると、キッチンボ-イが暖かい紅茶を持って立っていた。「ダンネバ-ト(ありがとう)」。冷え切った体が一気に暖かさで包まれる。

この日はパンペマ方面を少し散策。午後はテントの中でごろごろと、標高は4800mに近いので高度順応に充分に気をつかう。     

029 カンチェンジュンガへ(2011年春)

2011.4.26 カンバチェン~ロナ-ク

今日は苦しい一日となった。朝方になって体調に異変が、お腹の調子が悪くなった。トイレに行く回数が増えていた。残念ながら下痢である、ネパ-ルに通うようになって久しぶりである。かなり気をつかっていたのだが。
当然ながら食欲も落ちてきた。こんな状態で歩けるだろうかと心配になってきたが、出発の頃にはなんとか落ち着いてきた。

道はグンサ・コ-ラに沿って右岸を歩く。平坦に近いしっかりした道で歩きやすい。しかし天気の方はかんばしくない、早くから雲が出て山は見えない。
緩やかな道は、いつしか岩がごろごろした歩き辛い道に変わってきた。左の山腹に大きな滝が現れてくる。滝の下には氷の塊がたくさんある。あまりのんびりと歩きたくないようなところなので急いで通過する。
11:00am、少し早いが昼食となる。この頃になると高度の影響なのか、只単に寝不足なのか、眠たくなってきた。息苦しさはないが、目を閉じてしまうとそのまま眠ってしまいそうである。 
今日もこの頃になると雪がちらついてくる。ヤッケを着込んでいるとなんとか寒さを感じることはない。
お昼からも岩が多い歩き辛い道は続く。そして眠けは最高潮に。ほとんど朦朧としながら歩く。
道は最後に右岸から左岸に渡る。少し雪が残っていて慎重に歩く。左岸に渡ると道は平坦になり、広い河原が見えてくる。ちらほら山が見えるがすぐに雲で隠れてしまう。平坦な道をしばらく歩くとカルカの屋根が見えてくる。ロナ-クに到着。小さなカルカが5軒ばかり、ひっそり静まりかえっている。そのうちの1軒がカンバチェンでお世話になったカルカの人の物らしく、しばらくすると持ち主の夫婦が上がってきてカギを開けてくれた。

028 カンチェンジュンガへ(2011年春)

2011.4.25 カンバチェン滞在

今日は残念ながら曇り空の朝になった。となればやることはなく、ぶらぶらと一日を過ごす。
午前中はそれでも近くの丘に上がり体を動かす。太陽が出ていると暖かいが、曇り空になると一気に寒くなり、テントの中に逃げ込む。

027 カンチェンジュンガへ(2011年春)

2011.4.24 グンサ~カンバチェン

朝になると必ずと言っていいほど青空になる。
6:00amにモ-ニングコ-ル、7:00am朝食、8:00am出発。行動日の朝のタイムスケジュ-ルである。
太陽の陽がまだあたらない村の中は少し寒い。ヤッケを着込んで出発。村はずれにさしかかる頃にスタッフたちが追い越していく。
道は緩やかな登りで、右の山からの沢を渡りながらゆっくりゆっくりと歩く。河原に沿って歩くときもあり、水が綺麗なのに驚く。左岸を歩いていた道が右岸になり、小さな橋を渡る。ほどなくカルカの跡地に着く、ここで昼食。
先行していたスタッフにより食事の準備は進んでいた、食事の前にいただくホットジュースはとてもおいしい。
食事をしていると雪がちらついてきた、途中で脱いでいたヤッケを再び着込む。
道は森の中を進む。勾配もだんだん急になりさらにゆっくりと歩く。森を抜けると道はガレ場の中を進む。左の斜面の崩落がひどく、慎重に登っていく。ガレ場を過ぎると道は少し平坦になり程なく村の家が見えてくる。
午後はずっと雪が降り続き山は見えない。ジャヌ-の北壁は下山の時の楽しみに。
カルカが14ー15軒、村の人は雪は降り続いているが農作業に励んでいる。ジャガイモ植え付けの準備のようだ。
一軒のカルカの前にテントが張られ、早速中に入り暖をとる。
雪が止むと少しではあるが山が見えてくる、村の中もすっかり雪化粧で綺麗になっている。

026 カンチェンジュンガへ(2011年春)

2011.4.23グンサ滞在

この日は高度順応のためグンサに滞在。標高は3380m。いきなりの行動はやはり苦しい。
対岸に渡り少し斜面を登っていき、展望がいい場所でしばし休み、ロッジに引き返す。
午後になると雲が湧いてくる。その上風も強くなり外にいると寒い。仕方なくテントの中で横になって休む。
 

025 カンチェンジュンガへ(2011年春)

2011.4.22 カトマンズ~グンサ

ホテルを6:20amに出る。朝食が6amからとあって慌しい出発となる。
空港に6:35am到着。ヘリコブタ-の搭乗も、国内線の搭乗と同じ場所で同じ手続きをする。待合室に移動。しばらくして車に乗り込み、飛行場をほぼ半周してヘリコブタ-乗り場に。もうすでに太陽の陽がヘリコブタ-を包んでいる。
暑いのはわかっているが、荷物の重さの関係でヤッケを脱ぐ訳にはいかない。案の定、朝陽をまともに受けて飛んでいくので飛び立つと同時に汗が噴出してきた。
しかしこの時間の山は良く見える。飛び立つとすぐに左手に白い山々が見えてきた。山名はなかなか特定できないが、次から次に現れる山々にシャッタ-を切り続ける。飛び立って1時間が過ぎる頃に前方に大きな山塊が、太陽の光りの中に見えてくる。残念ながら雲に覆われているが、カンチェンのようである。ここでパイロットが英語は話せるかと聞いてきた。もちろん話せないのでツア-リ-ダ-に替わってもらう。話によるとここから先は谷が狭いので、いったん重量を少なくするため手前で3人を下ろすとのこと。ほどなく機はヘロ-の村に着陸。後部座席の3人は下ろされ、私と荷物は狭い谷に突っ込んでいく。すぐに小さな村の家々の屋根が見えてくる。グンサである。
たくさんの人に出迎えられる。スタッフと村の人たちである。その中から見覚えのある顔が近づいてきた。まさかのギャルゼンである。半年前に一緒に歩いたポ-タ-である。笑顔で再会の握手を。
ほどなく3人も到着。テント場となるロッジに移動、中で休む。
この日は村の中を散策したり、対岸にあるお寺を見学したりで時間をつぶす。
 

024 カンチェンジュンガへ(2011年春)

2011.4.21 関空~バンコク~カトマンズ 

出発の日は肌寒い朝となった、いつものごとく関空まで移動。ここのところ寒暖の差が激しく、体調はかんばしくない。冬のシ-ズンの疲れも重なっているのか、何をするにも体が思うように動かない。最後まで無事に歩くことができるのだろうかと心配になる。
今回は重量にかなり気をつかったので、、搭乗手続きはすんなりOKとなる。
疲れがたまっているから寝れるかと思ったが、これから始まる旅の期待と不安であまり寝れないうちにバンコクに着く。

バンコクで乗り継ぎの待ち時間が5時間あり、待合室の椅子に横になってしっかり休む。
時間になったので搭乗口に移動。ここで成田組の2人と合流、一路カトマンズへ。

カトマンズは夏である。暑い。ホテルに移動、早いうちに荷物の整理をするが、いつものごとくこれが大変である。手荷物、ポ-タ-に預ける荷物、カトマンズに残す荷物と三つ分けなくてはならない。日本を出る時にしっかりチェックしているのだが悩んでしまう。
この日はタメルを少しぶらついて早々休む。

023 アンナプルナ内院、ジョムソンへ(2010年秋)まとめ

こんなに早くネパ-ルを再訪するとは思わなかった。4月のランタンから早くとも1年はかかるだろうと思っていた。次はアンナプルナへと計画はしていたものの、コ-スについてはまったく見えていなかった。模索の結果アンナプルナBCへ、少し欲張ってゴラパニへ、さらに欲張ってジョムソンまで入りムクティナ-トまで足をのばす…と、アンナプルナ、ダウラギリをたっぷり眺める計画となった。それとどうしても夕照の山々を撮影したかったので結果として秋にとなってしまった。仕事の都合で秋は無理だと考えていたが、夏頃から調整を進め、たくさんの人に無理の無理を聞いて頂やっと計画の実行にこぎつけた。

自然のなかでの旅なので何があるか解らない。日程はほぼ計画通りに歩けたが、天候だけは計画通りとはいかなかった。朝は晴れる日が多かったが、午後には必ず雲が出てきて残念ながら夕照は一度も出会えなかった。
自然のなかでの行動ゆえに仕方がないことである。その代わりじっくりと足元を見つめて歩くことができた。
生活習慣、村々の様子、人々の様子と、じっくりとこの国を見ることができた。その中でたくさんの人に今回は会った。出会いがあり別れがありとたくさんの思い出ができた。子供たちは元気、市場で働く女性も元気でした。そして皆さんが優しかった。今、写真を整理しながら写っている人との出会いのシ-ンをはっきりと思い出している。写真には写ってないかもしれないが必ず笑顔を向けてくれた。
あなたたちの笑顔を決して忘れることはない。またあたらしい笑顔に出会いたく、ヒマラヤの山を歩きたい。

022 アンナプルナ内院、ジョムソンへ(2010年秋)

2010.11.27~11.28:カトマンズ~バンコク~関空

とうとう帰国の日になった。長いような短いようなそしていろんなことがあった旅であった。
出発までの時間を利用して朝早くにタメルの街を歩く。少し明るくなった頃ホテルを出る。王宮広場を目指して南へ歩く。途中から朝市が街のあちこちで店をひろげている。野菜、くだものはもちろんのこと日用雑貨までありとあらゆるものが道の両側に所狭しと並べている。そして人出も多く足の踏み場もないとはこのことなのか、
人の流れに合わせて歩いていく。いつの間にか王宮広場まで来てしまった。ここでも多くの人がそれぞれの神様にお祈りをしている。
ホテルには来た道を引き返す。ますます人出はは多くなり、異国の声、風を、音を肌で感じながら歩く。

帰国の途に着く。ホテルから空港に移動。最後までサ-ダ-のペンバが見送ってくれる。そして今日は娘さんと一緒である、いつになるか解らないが次なる再会を約束して。
機内では運良く左の座席になり、空の上から最後の最後までヒマラヤの山々を見ることができた。
そして、猛暑の(?)バンコクから極寒の日本へと旅が終わった。  

021 アンナプルナ内院、ジョムソンへ(2010年秋)

2010.11.26:カカニの丘~カトマンズ(タメル)

夜中には星が見えていたが明け方には曇り空となり何も見えなくなる。
階下に下りて食事をしているとロッジの人が山が見えてきたと教えてくれる、あわてて外に出ると白い頂が雲に浮かんでいる。ガネッシュヒマ-ルが大きく見える。その右となりにランタンがゴサインクンドの向こうに少しだけ見える。さらに右の方へはガウリサンカ-ル方面の山が薄っすらと見えている。決して綺麗に見えているとはいえないが、やはり感動である。9時の出発まで心行くまで眺めていた。

サ-ダ-と運転手は昨日遅くなったので。近くの民家に泊まってくれたようである、車はア-ミ-のキャンプ地をぬけてカトマンズに引き返す。途中、大根が水洗いの状態で道端に山ほど積み上げられているのを何度も見かける。大根の産地ようである。
カトマンズには1時間も走ると着いてしまう、人の多さと車のクラクションの音にはいつもながら閉口であるが、逆にカトマンズの街の中にいると言う安心感もある。最後の宿泊はタメルにあるフジホテル、定宿である。タメルの街の中を歩くのにはもってこいの位置にあるホテルである。

昼食は「ロイヤル華ガ-デン」へ。主人のトバリさんは何度は話をしたことがあり、今回も山の話をたくさん聞くことができた、山への情熱はいつまでも熱く年齢を感じさせない会話を時間が許すかぎり楽しむ。
その後は日本に精通しているトレッキング会社のビシャ-ルさんにであったり、最後は日本食のレストランで食事をしたりとホテルに帰ったのはすっかり遅くなってからとなった。 

020 アンナプルナ内院、ジョムソンへ(2010年秋)

2010.11.25:ポカラ~カトマンズ~カカニの丘

今日はカトマンズへ帰る日。フライトまで時間があるので山が見える展望台へ行く。
昨日同様暗いうちにホテルを出発。一路日本山妙法寺へ向かう。市街から山道にさしかかると道も悪くなり途中から砂利道となる。車は何度もエンストをおこし、無事に着くのかと心配させられが何とか終点まで到着。といってもお寺までは少し歩かなくてはならない。ゆっくり歩いて30分。お寺に着くが雲っていて何も見えない。時間があるので待つことにするが、残念ながら山々もポカラの街も見えなかった。
          
ホテルに引き返し荷物をまとめ空港へと向かう。空港で同じ会社の別のツア-の人たちと合流、面識がある日本からのツア-リ-ダ-の方に出会う。
搭乗手続きを済ませ待合室ならぬ屋上でフライトを待つ。まだカトマンズからの飛行機が到着していない。
待つこと2時間、天気の回復待ちのようでまだまだ時間がかかりそうである。お昼の時間が近づいたのでいったん空港を出て昼食を済ませる。空港に帰ってくると飛行機は飛んでいるようで、搭乗口に移動しフライトを待つ。

機体は着陸するとすぐさまカトマンズに引き返す。雲をつきぬけると雲の上は青空である。すぐさま白き峰峰が目に飛び込んできた。展望は左側のシ-トに座ったので十分であるが、丁度プロペラの位置だったので撮影は残念ながら上手くいかなかった。50分近いフライトでカトマンズに帰着。

すぐさま車でカカニへ向かう。曇ったままの空に夕照は期待できそうもない。車はぐんぐんと山の方へ上っていく。道はしっかりしているがだんだんと人気が少なくなっていく。その上霧も出てきて心細くなってくる。
山のてっぺんに到着。ロッジが一軒霧の中にぽつんと建っている。とんでもない所に来てしまった感じである。
ここ何ヶ月も宿泊者のあった気配はないがロッジのもてなしはとても温かかった。

019 アンナプルナ内院、ジョムソンへ(2010年秋)

2010.11.24:ホテル~サランコット~市内観光~ホテル

ホテルを暗いうちに出る。5:30amサ-ダ-と共にタクシーでサランコットに向かう。
早くから街のなかは人や車が行き交っている。出来立てのパンを自転車に乗って売りに来たりと朝から活気がある。車が街の中から坂道にさしかかる頃には東の空が明るくなってきた、車窓から白い山が目に飛び込んできた。よし、今日は天気がいいぞ、サランコットへと車は急ぐ。

展望台は車がごった返していた。大きなマイクロバスは手前の方に止まっている。たくさんのタクシ-は所狭しといたるところに止まっている。展望台に上がると凄い人の数にびっくり、狭い展望台は人であふれかえっている。とても三脚を立てる場所など無い。中国からの人たちがすべての場所を陣取っている。仕方なく手持ちの撮影としベストの場所を確保。 
朝の光はやはり一番高いところに差し込んでくる。アンナプルナ・サウスの後ろに位置するアンナプルナが赤く染まり始める。そして白き頂を次々に赤からピンク色に変化させていく。アンナプルナ・サウス、アンナプルナⅢ、ガンガプルナ、ヒンチュリ、マチャプチャレ、そして左の奥のダウラギリⅠも朝の光に輝いている。
ここから見るマチャプチャレはきれいな三角錐の容で特に見ごたえがある。展望台に朝日が届く頃になるとほとんどの人は引き上げてしまった、祭りの後のような静けさが帰ってきて、心行くまで撮影を続ける。

展望台の近くの茶店でサ-ダ-と運転手も一緒に朝食を食べる。食材を畑からとってきてからの調理なのでたっぷりと時間がかかる朝食となってしまった。
今日の市内観光はサ-ダ-に任せている。まずはヒンドゥ-教の寺院ビンドゥバシニ寺院へ。境内からもアンナプルナの山々が良く見えている。次は名前は忘れたがコウモリがたくさんいる洞窟へ。そしてバタレ・チャンゴ、グプテシュワ-ル・マハ-デヴ洞窟、最後にフェワ湖に浮かぶバラヒ寺院へボ-トで渡る。で、市内観光終了。
丁度お昼になったのでレイクサイドで昼食。午後は今日も街の中を散策しみやげ物を物色。
夜はサ-ダ-の労をねぎらって日本食のレストランへ。楽しい楽しい時間を過ごす。次なる計画なんかを話しながら。

018 アンナプルナ内院、ジョムソンへ(2010年秋)

2010.11.23:ジョムソン~ポカラ

久しぶりに雨の朝となる。小降りではあるが雨は雨、飛行機が飛ぶのかと心配になる。
他のパ-ティは早々と飛行機をあきらめてバスに変更し、慌しく準備にとりかかっている。サ-ダ-は何度も飛行場に行ったり、ポカラと連絡をとったりとしてくれている。昨夜から一緒になった日本人の人たちと一緒に飛行機を待つことに。
準備を済ませロッジで天気の回復をじっと待つ。時々外に出て街の様子を伺う。今日もロッジの前には朝市が開かれている、たくさんのリンゴはよく売れている。5kgで400円くらい。安い。サ-ダ-はお土産に20kgも買い込んでいた。
そうこうしている内にフライトの連絡が入る、それぞれのロッッジから待機していた人たちがどっと飛行場に向かう。われわれも重たい荷物と共にロッジ゙を後にする。
搭乗手続きを済ませ待合室で飛行機の到着を待つ、ほどなく最初の飛行機が到着し、乗客が降りると同時に我々もすぐ機内へ乗り込む。荷物も慌しく積み込まれ瞬く間に機体は離陸の態勢に、心配していたわりにはあっけないフライトとなった。やはり曇空なので山は見えない、眼下には深く切れ込んだ谷や急峻な山肌に段々畑や田んぼが見えている。ゴラパニあたりははっきりと地形を確認することができた。ほどなく大きな湖が見えてきた、ポカラに帰ってきた2週間近い山旅の終わりである。

空港に着くと一気に暖かくなる。ほっとした気持ちになると同時に旅の終わりを懐かしむ気持が湧いてきた。昨日までのあの寒さを懐かしむ気持とや、たくさんの出会いと別れとかがどっと頭に浮かんできた。
空港からすぐさまレ-クサイド(フェワ湖)にあるホテルに直行、お昼前には着いてしまった。
午後は街の中を散策、ゆっくりとした時間を過ごす。